第5回 ことばの明瞭度・・続き
前回の解説で、ことばの明瞭度について述べましたが、明瞭度を具体的に評価するには、一人ひとりの発音を録音して、それを後から再生しながら複数の人に聴いてもらい、どう聞こえたかを判定するという方法がとられます。録音する材料としては、日本語のカナを1文字ずつ順序不同に読んでもらう場合もありますし、いろいろな単語を読んでもらうこともあります。一般的には単語の方が聞いてみて何を言ったかが判りやすいのですが、それは途中の1音くらい聞こえなくても周りの音が聞き取れれば、それから類推して何という単語か判定できるからです。これに対してカナ1文字(拍あるいは音節に相当する)では、それが聞き取れなければそこで終わりとなってしまいます。なお、こうした録音データを聴いて判定するメンバーとしては、ことばの治療や訓練に関係がある言語聴覚士などは不向きであって、全く普通の人、例えば学生などが最適です。これはことばについての知識があると、ごく少し聞こえた情報からでも、ことばの音の種類を判定してしまうために、却って正確な明瞭度が得られにくいという理由からです。
これまでの研究の結果から、母音は比較的正しく聞き取られることがわかっていますが、子音、とくに無声子音(日本語の澄んだ音)は話し手(食道発声者)が意図したとおりに聞き取られないことが少なくありません。とくに話す方でも出しにくいと感じられる「ハ行」の音などでは、正しく聞き取られる確立は非常に低く、語尾の母音だけが聞こえる例が多くなります(つまり「ハ」が「ア」と聞かれ、「ヒ」が「イ」と聞かれる)。また、無声子音がそれと対応する有声子音に聞こえること、たとえば「パ行」が「バ行」、「タ行」が「ダ行」、「カ行」が「ガ行」に聞き取られる場合も目立ちます。このほか、日本語で鼻に抜ける音(鼻音)である「マ行」の音が、鼻に抜けない「バ行、パ行」になり、「ナ行」が「ダ行」に聞こえてしまうこともあります。このような聞き違い(誤聴)があっても、声友クラブのメンバーなどについて調べた最近の研究では、文章であれば90%以上、正しく聞き取られることも報告されています。
このように食道発声が正しく、あるいは意図したように、聞き取られないのは、例えば「ハ行」のように、健常者の場合には喉頭のところでかなりの空気を使って出す音(声帯の間を気流が通過するときの摩擦音)が、食道発声者では十分な空気がなく新声門部で摩擦音を作りにくいためにうまく出せない、という場合があります。これは、いわば食道発声の宿命ともいうべきもので、前後の音のつながりで補うほか、なかなか解決策がないものです。このほか、気管孔部の雑音による聞こえの妨害や、同じ一人の食道発声者でも時によって音の状態が変動して音の性質の予測がつきにくい、などという理由も指摘されています。こうした変動は、食道からの呼気量が必ずしも安定しないことに関係していると考えられ、この意味でも余り無理して一声で長く話そうとするのは得策でないことがわかります。上に述べたように、食道発声でも文章の場合には正確に聞き取られる場合が多いわけですから、余り長くならないように適切なところで文を区切り、ゆっくり話すことによって意味を正しく伝えるように心がけることが大切で、個々の音にこだわらず、いつも安定した発声をめざして練習していただきたいと考えています。
Last Update : 2006/3/21
特別寄稿
医学の目
第1シリーズ
- 第1回 喉頭がんについて
- 第2回 手術後の心構え総論
- 第3回 喉頭の構造と機能
- 第4回 喉頭摘出後の問題点
- 第5回 喉頭癌術後のQOLと声のリハビリテーション
- 第6回 食道と食道発声
- 第7回 食道発声における空気の取り込み
- 第8回 食道発声の習得状況について-その1
- 第9回 食道形成手術について
- 第10回 食道再建・形成手術後の食道発声習得の実情
- 第11回 声の出る仕組みについて
- 第12回 食道発声で声が出る仕組み
- 第13回 呼吸と過呼吸(過換気)症候群
- 第14回 食道発声がうまくいかない場合-なぜ声が出ないのか
- 第15回 食道発声における好ましくない習慣
第2シリーズ
- 第1回 声の高さについて
- 第2回 声の高さと強さ
- 第3回 「話す速度について」
- 第4回 ことばの音の種類と明瞭度
- 第5回 ことばの明瞭度・・・続き
- 第6回 歌と食道発声
- 第7回 ビバボイスについて
- 第8回 身体障害者の現状と老人保健について
- 第9回 喉摘者に対する国民年金・厚生年金保険障害認定について
